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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1838号 判決 1975年10月27日

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ本訴は被控訴人(本訴原告)反訴は控訴人(反訴原告)の各負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人のため別紙目録記載の土地について千葉地方法務局市川出張所昭和四二年九月五日受付第三九三七号、昭和三六年一二月一〇日相続を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加する外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人は、被控訴人の時効取得の主張を争い、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人は、正次を単独相続したものではなく、その母訴外石井タケと共同相続したものであるから、単独所有者として自主占有したものではない。

(二)  被控訴人は、遺言者即ち被相続人である正次の遺言や、これに基いてなした所有権移転仮登記のあることを知悉しながらこれを無視して占有していたものであるから、右占有には瑕疵があり取得時効の効果は生じない。

(三)  控訴人が前記遺贈を原因とする所有権移転仮登記をしたことにより、時効は中断した。

二  被控訴人は、控訴人の主張を争い、次のとおり述べた。

(一)  訴外石井タケも占有につき善意無過失であり、同人が被控訴人の単独所有を認めているのであるから、控訴人が訴外石井タケの存在をもつて被控訴人の主張を争う理由はない。

(二)  被控訴人は、相続開始とともに、本件土地を現実に占有し、耕作を継続してその収益を独占し、公租公課も自己の名で納付し、耕作地に関する申告も毎年市川市農業委員会に提出してきたものである。

なお、善意無過失は占有の始にあれば足り、また、他から異議を受けた事実があつてもそのために占有が平穏を失うものではない。

(三)  前記仮登記は時効中断の効力がない。

三、四、証拠(省略)

理由

一、本件土地が亡石井正次の所有であつたこと、同人が昭和三六年一二月一〇日死亡したこと、被控訴人が正次の養子であること、正次の妻は被控訴人の母であるタケであつたこと、被控訴人及びタケが正次の相続人であること、本件土地を石井のぶに遺贈する旨を内容とする本件公正証書が昭和三四年五月二六日作成されたこと、本件土地につき石井のぶを権利者とする昭和三七年五月一一日受付第七二四九号遺贈を原因とする所有権移転仮登記がなされていること、同じく本件土地につき被控訴人を権利者とする昭和四二年九月五日受付第三九三七号相続を原因とする所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

二、遺言無効確認請求について

控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、成立に争いのない甲第七号証の二、原審及び当審における証人石井貫一の証言、右尋問の結果によれば、控訴人、訴外石井貫一、訴外亡武藤藤一は、昭和三四年五月二六日正次の依頼により正次とともに遺言公正証書作成のため千葉県市川市八幡町の千葉地方法務局所属公証人西山家俊の公証役場に赴き、遺言者正次が本件土地を訴外石井のぶに遺贈し、遺言執行者を控訴人及び訴外武藤藤一両名とする旨の内容の公正証書に、遺言者である正次、証人である右両名がそれぞれ署名捺印し本件公正証書が作成された事実が認められる。

原審鑑定人高村巌及び当審鑑定人長野勝弘の各鑑定の結果には、本件公正証書(甲第七号証の一)の正次の氏名の署名が、原審における被控訴人本人尋問の結果により正次の署名であると認められる甲第九号証の一、二の筆跡とは異筆であると推定される旨の部分があるけれども、右鑑定人長野勝弘の鑑定の結果によれば本件公正証書(甲第七号証の一)の正次の署名は訴外石井貫一の筆跡ではないとされており、そうだとすれば、正次及び訴外石井貫一を除いたものであつて公正役場に赴いた控訴人及び訴外武藤藤一のいずれかが正次の署名を書いたことになるが、公正証書作成の経緯に照しかゝることは全く考えられないところであり、右鑑定結果は採用することができず、原審証人石井つぎの証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果は措信できない。

したがつて、本件公正証書は適正に作成されたものであるから、被控訴人の主張は理由がない。

三、仮登記の抹消請求について

本件仮登記は正次が死亡した後、前記公正証書に基づき武藤藤一及び控訴人が遺言執行者として登記義務者となり、受遺者の石井のぶを登記権利者として登記手続がなされ、登記薄上石井のぶが権利者と表示されていることは、前記認定事実、成立に争いない甲第五、第六、第八号証により認められる。

そして、右仮登記を抹消するためには、登記薄上権利者とされている石井のぶに対し抹消登記手続を求めなければならないのであつて、遺言執行者である控訴人は右仮登記手続においては登記義務者となつたのであるが、右仮登記の抹消登記手続については登記義務者ではなく全く関係のないものであつて、控訴人に対し右仮登記の抹消登記手続を求めることはできない。

したがつて、控訴人に対し仮登記の抹消登記手続を求める被控訴人の主張は理由がない。

四  相続登記の抹消登記手続請求について

成立に争いのない甲第二号証、第五号証、第六号証、第一三号証の一ないし一〇、当審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証、右尋問の結果、原審における証人石井つぎの証言、被控訴本人尋問の結果ならびに争いない事実によれば、次のとおりの事実が認められる。

本件土地がもと正次の所有であつたところ、正次は昭和三六年一二月一〇日死亡し、その相続人は、妻である訴外石井タケと養子である被控訴人の両名であつた。

被控訴人は、昭和二二年頃から母である訴外石井タケもともに正次と同居して生活し、昭和三〇年頃から約一か年間正次と別居していたこともあつたが、正次死亡の頃は元どおり正次と同居していた。被控訴人は、正次死亡前から同人とともに本件土地を耕作していた。被控訴人は正次の死亡前には本件公正証書が作成されていたことを知らなかつた。被控訴人は、その母である訴外石井タケとともに正次の相続人であつて、他に正次の相続人は居なかつたので、控訴人及び訴外石井タケは、正次死亡の昭和三六年一二月一〇日相続により本件土地が自己のものとなつたと信じて占有を開始し、正次死亡後一〇年間以上にわたつて現在に至るまで耕作を継続し被控訴人は本件土地につき世帯主として農業委員会に対し所有地及び耕作地に関する申告書を提出していた。そして昭和四二年頃、タケからその相続分を譲り受けて単独相続人となり同年九月五日相続登記をした。

右認定によれば、被控訴人は正次が死亡したときタケとともに相続人として所有の意思をもつて共同で本件土地の占有を開始し、タケが本件土地の相続分を被控訴人に譲渡したとき同人の占有を承継しその後は単独で占有を継続しているわけであり、本件遺贈の公正証書が作成されていることを知らなかつた被控訴人及びタケが相続人として所有の意思をもつて占有を開始したことはなんら過失があつたということはできない。そして、被控訴人はタケの占有を承継しているから、正次が死亡した昭和三六年一二月一〇日の翌日から一〇年を経過した昭和四六年一二月一一日に被控訴人の取得時効が完成したわけである。

控訴人は、被控訴人が本件公正証書による遺贈のなされていることを知つていながら占有を開始したと主張するが、これを認めるべき証拠はなく、かえつて、原審証人石井つぎの証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人及びタケは正次の死亡当時本件公正証書が作成されたことを知らなかつたことが認められる。

また、控訴人は本件仮登記により時効中断したと主張するが、仮登記が時効中断の効力を有しないのみならず、被控訴人らが本件仮登記のあることを知つて、所有の意思をもつてしていた占有の態様を変更したと認めるに足りる証拠はない。

しがたつて、本件土地の所有権は一〇年の時効により昭和四六年一二月一一日被控訴人の所有に帰し、石井のぶはその所有権を失つたわけであるから、石井のぶに所有権のあることを前提とする控訴人の被控訴人に対する相続登記の抹消請求は理由がない。

五、以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれも失当であるのでこれを棄却することとし、これに符合しない原判決を変更し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九六条により主文のとおり判決する。

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